抗リン脂質抗体症候群

1. 概念

抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome:APS)は1993年、Hughesら1)によって提唱された疾患概念で、抗カルジオリピン抗体(aCL)、もしくは試験管内でリン脂質依存性凝固反応を抑制する物質として報告されたループスアンチコグラント(LAC)のいずれか、あるいは両方を有し、それに基づく動静脈血栓症、習慣性流産、さらに血小板減少症の症候群を有する病態と定義されている。
aCLは全身性エリテマトーデス(SLE)における血清梅毒反応の生物学的偽陽性に関与する抗体と考えられ、その診断基準の一項目にも採択されてる。APSの発症に関与する抗体も当初はこのカルジオリピン自体に対する抗体と思われていたが、その後の研究で陰性荷電を有するリン脂質や疎水性固相表面(ポリスチレンのプレートの表面)の酸素原子と相互反応することによって構造が変化したβ2-glycoprotein I(β2GPI)を認識する抗体であることが明らかにされた。そしてβ2GPI依存性抗カルジオリピン抗体(β2GPIaCL)と呼ばれるようになった2)。また、LACの責任抗体は抗プロトロンビン抗体であることも報告されている。
これらの特徴的な血清学的所見を有するAPSは、SLEや他の膠原病に合併した二次性と、単独で発症する原発性に分類される。本症の本態はリン脂質に対する自己抗体によってもたらされる血栓形成の病態で、その血栓が形成される部位に応じて多彩な臨床症状が認められる3)。


2. 疫学

本格的な全国的疫学調査は実施されておらず、疫学の実態は不明であるが、二次性と原発性を併せて10,000人以上と推定されている。軽微な症状を自覚していなかったり、流産や脳梗塞を発症した際に自己抗体の検索を行われていない症例もあることからその実数はさらに多い可能性がある。SLEに合併して出現する傾向があることから好発年齢や性差はSLEに類似している。


3. 原因・病態

原因は不明であるが、遺伝的要因に何らかの環境因子が重なって抗リン脂質抗体が産生され、その抗体の作用によって血栓症が起こるとされている。
血管内で容易に血栓が形成されないようにリン脂質依存性凝固反応を抑制しているβ2-GPⅠ(glycoproteinⅠ)をこれらの抗体が阻害する、血管内皮細胞のヘパラン硫酸やトロンボモジュリンに作用し血管内皮障害を引き起こす、血管内皮細胞からのプロスタグランジン産生を障害し血管拡張を妨害する、プロテインCの活性化を阻害する、などが考えられているが実際は不明な点が多い。
本症の概念が提唱された当時はaCL、つまりカルジオリピン自体に対する抗体が病態を形成していると考えられていたが、その後の研究でAPSで検出されるaCLはカルジオリピンそのものを認識するのではなく、上述のように陰性荷電を有するリン脂質などとの相互作用によって構造変化したβ2GPI を認識する抗体、すなわちβ2GP1aCLであることが明らかとなった。このβ2GPIaCLにはIgG, IgMおよびIgAのサブクラスがあるが、IgGクラスのβ2GP1aCLが最も病因的意義が高いと考えらている。
一方、LACは1952年ConleyらによりSLE患者血清中で検出される個々の凝固因子活性を抑制することなく、活性化部分トロンポプラスチン時間(apTT)をはじめとするリン脂質依存性の血液凝固反応を阻害する免疫グロブリンとして報告された。したがって、LACは試験管内では凝固反応を阻害するにもかかわらず、生体内では血栓を形成する病態に関与していという逆説的な性格を有している。このLACとして捉えられている抗体は単一のものではなく、プロトロンビン、β2-GPIなどに対する多様性な自己抗体群であると考えられている。LACを検出するには種々の方法があるが、aPTTおよびカオリンクロット時間(KTC)など、リン脂質依存性凝固時間が延長しており、 その延長が健常人血漿との混合により補正されず、リン脂質の添加により補正されことをもって LAC陽性と判定される。
これらの抗体がAPSに深く関与していることは明らかであるが、実際APSにおける血栓形成の機序は十分に解明されていない。何らかの刺激により活性化した血小板や血管内皮細胞上に表出された陰性荷電リン脂質にβ2GPIが結合し、これにaCLが結合してβ2GPIのXa, IIa生成抑制作用の阻害を誘発し、さらにFcγRIIレセプターを介して血小板の活性化が誘導されることで、血栓が形成させる機構が考えられている。また、抗力ルジオリピン抗体がβ2GPIの存在下で活性化protein Cの抗凝固作用を阻害するという報告もあり、種々のメカニズムが想定されている。
一連の抗リン脂質抗体は直接病態に関与していると考えられているが、抗体価はAPSの発症と必ずしも相関するわけではなく、実際に病態が起こるには感染症など何らかの"引き金"が必要とされている。


4. 症状

動脈血栓症では脳梗塞などの脳血管障害が最も一般的に認められ、90%以上を占める。APSでは、てんかん、片頭痛、舞踏病、行動異常、意識障害など多彩な精神神経症状が出現するが、必ずしもそれらを説明できる梗塞病変が検出されず、一連の神経症状については脳梗塞と関連する場合と脳硬塞を伴わない場合とがあり、後者は抗リン脂質抗体による直接的な神経障害と考えらている。さらに、網膜動脈血栓症、心筋梗塞、腸間膜動脈血栓症、皮膚潰瘍などの病態が認められる。また、希ではあるが肺動脈に生じた血栓により肺高血圧症を発症したり、SLEではしばしば肺梗塞も認められる。
静脈血栓症は、下肢を中心に深部静脈血栓症が最も多くみられ、再発傾向を有し、多発することもある。中から大静脈の血栓症が認められ、網膜中心静脈血栓症、上大静脈症候群, Budd-Chiari症候群、副腎静脈閉塞による二次性Addison病、さらに腎静脈血栓症などが発症する。
産科合併症としては習慣性流産が代表的なもので、これは3回以上の自然流産を生じることと定義されている。一般の自然流産が早期に多いことに比べ、本症候群での流産は中期に多いことが特徴とされている。胎盤梗塞が原因と考えられ、循環不全により物質交換の障害、胎児への栄養供給や酸素供給の低下が起こり、胎盤の発育障害や胎児死亡に至ると考えられている。その他、胎児発育不全、子癖前症、早産、胎児仮死の合併などが認められる。
上述の主要症状に加え、軽度から中等度の血小板減少症がしばしば認められる。その頻度は20-40%程度で、aCLが血小板に結合して減少させる機序が想定されているが、共存する血小板表面のglycoprotein に対する自己抗体の関与も示唆されている。実際、特発性血小板減少症と診断されている患者の約40%に抗リン脂質抗体検出されるという報告もあり、血栓症や妊娠合併症の存在しない血小板減少症は抗リン脂質抗体が陽性であってもAPSとの診断はできないものの、血小板減少が抗リン脂質抗体の引き起こす病態と関連している可能性が考えられている4)。
また、これらの病態に加え、劇症型抗リン脂質抗体症候群(CAPS)と呼ばれる概念が、Ashersonらによって提唱されている。一般にAPSでは中型以上の血管に血栓を形成するが、本症では細小血管での血栓形成が広汎にもたらされ、脳、心、肺、腎、消化管などの多臓器不全が出現する。通常、原発性APSに多く認められ、外科手術、薬物投与、抗凝固薬の中止などを契機に発症する。本症では、抗リン脂質抗体のなかでも特に高力価のIgG クラスのaCLおよびLACとの関連性が深いとされている。破砕赤血球が出現し、血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)との鑑別が問題になることがある。
その他、下肢の深部静脈血栓症による下肢の腫脹、疼痛や、動脈血栓症として脳梗塞による四肢の麻痺、構語障害、意識障害などが出現する。さらに、網膜中心動脈閉塞による視力障害、冠動脈血栓症による虚血性心疾患や肺梗塞、妊娠合併症として習慣性流産、死産、子癇などもみとめられる。網状皮斑や血小板減少症による紫斑などの皮疹も出現する。


5. 合併症

下肢の深部静脈血栓症から続発性の肺塞栓症による呼吸困難、胸痛。肝静脈血栓症によるBudd-Chiari(バッド-キアリ)症候群、副腎静脈血栓によるAddison(アジソン)病、中枢神経系の動脈血栓症による舞踏病様症状、横断性脊髄炎による対麻痺、腸間膜動脈血栓による虚血性腸炎や急性腹症、皮膚末梢動脈血栓による手指壊疽や皮膚潰瘍などがある。まれに血栓性微小血管症の病態をとり全身の血栓症を引き起こす劇症型の病態をとる。


6. 診断

診断は上述の抗リン脂質抗体に加え、肺梗塞や下肢の深部静脈血栓症などの静脈血栓症、また動脈血栓症として脳梗塞などを認めた時に行われる。その他、網膜中心動脈閉塞による視力障害、冠動脈血栓症による虚血性心疾患、さらに習慣性流産や網状皮斑や血小板減少症による紫斑などの皮疹も出現する。まれに血栓性微小血管症の病態をとり全身の血栓症を引き起こす劇症型の病態をとる。
診断には一般に1999年のSapporo基準5)かあるいはこれを改訂したSidney基準(表1)6)が用いられている。なお、本疾患は厚生労働省の指定難病に指定されており、難病情報センターに記載がある(http://www.nanbyou.or.jp/entry/4101)。


7. 治療

1) 急性期の治療

動脈血栓症および静脈血栓症ともに他の原因による血栓症の治療と基本的に相違はない。抗トロンビン薬およびヘパリンを用いて血栓形成の抑制を行い、必要があれば線溶療法を実施する。また、深部静脈血栓症の時は肺梗塞を防止する目的で下大静脈内フィルター留置する。脳梗塞においては、脳保護薬や脳浮腫に対する管理が必要となる6,7)。

2) 維持療法

APSは再発率が高く、その予防を行う必要がある。動脈血栓症および静脈血栓症はそれぞれ同じ病態で再発する傾向があり、それぞれに異なった治療が行われる6,7)。

a) 静脈血栓症の予防

処方例

1) ワーファリン(1mg)1-10錠 分1
プロトロンビンINR値を2.0-3.0の間でD-ダイマが陰性となるよう用量を調節する。

b) 動脈血栓症の予防

処方例
下記の何れかもしくは1)と2)、もしくは1)と3)の併用

1) バイアスピリン錠(100mg) 1錠 分1
2) プレタール錠(100mg) 2錠 分2
3) プラビックス錠(75mg) 1錠 分1
上記の治療で再発した場合、上記1)に加え
4) ワーファリン(1mg)1-10錠 分1
プロトロンビンINR値を2.0-3.0の間で調節する。

c) 習慣性流産

習慣性流産も基本的には血栓形成が関与しているとされ、抗血栓療法が行われる。ただし、ワーファリンは妊娠中は禁忌となる。

処方例
流産の既往を認める例

1)バイアスピリン(100mg) 1錠 分1
血栓症の既往を認めるか、上記治療を行っても流産した例
上記1)に加え
2) カプロシン注 1回5,000単位1日2回皮下注

8. 患者説明のポイント

血栓症の再発率が高いことから長期的に抗血栓療法が必要となることを理解してもらう。治療中は出血のリスクがあり、抜歯などの外科的な処置を行う場合には事前に主治医に相談する。妊娠を希望する際には計画的に行い、流産等への対応を行う。


参考文献

  1. Hughes GRV: The antiphospholipid syndrome: ten years on. Lancet 342: 341-344, 1993.
  2. Koike T, et al: Epitopes on beta2-GPI recognized by anticardiolipin antibodies. Lupus 7 Suppl 2:S14-17, 1998.
  3. Atsumi T, Koike T: Clinical relevance of antiprothrombin antibodies. Autoimmun Rev 1:49-53, 2002.
  4. Stasi R, et al: Prevalence and clinical significance of elevated antiphospholipid antibodies in patients with idiopathic thrombocytopenic purpura. Blood 84: 4203-4208,1994.
  5. Wilson WA, et al: International consensus statement on preliminary classification criteria for definite antiphospholipid syndrome: report of an international workshop. Arthritis Rheum 42:1309-1311,1999.
  6. Miyakis S, et al.: International consensus statement on an update of the classification criteria for definite anti- phospholipid syndrome(APS). J Thromb Haemost 4:295-306, 2006.
  7. Khamashta MA: Management of thrombosis and pregnancy loss in the antiphospholipid syndrome. Lupus 7 Suppl 2:S162-5, 1998
  8. Atsumi T, Koike T. Antiphospholipid syndrome. Nippon Rinsho 56:215-23, 1998.

表1. APSの分類基準案(札幌基準シドニー改変)(2004)

臨床基準
  1. 血栓症
  2. 画像検査や組織学的検査で確認された動脈、静脈、小血管での血栓症
  3. 妊娠に伴う所見
    1. 妊娠第10週以降の形態学的な正常な胎児の原因不明の死亡
    2. 重症の子癇前症・子癇または高度の胎盤機能不全による妊娠第34週以前の形態学的な正常な児の早産
    3. 母体の解剖学的・内分泌学的異常、染色体異常を除外した、妊娠第10週以前の3回以上連続した自然流産
検査基準(12週間以上5年未満の間隔で2回以上陽性となる)
  1. ループス抗凝固因子陽性
  2. ELISAで測定したIgG/IgM抗カルジオリピン抗体中等度以上陽性(40U/ml以上)
  3. ELISAで測定したIgG/IgM抗β2-グリコプロテインI抗体陽性(>99パーセンタイル)

臨床基準と検査基準の両方で、それぞれ1項目以上陽性のものをAPSと診断する。

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